失敗から生まれたウイスキー「セレンディピティ」

「しまった……どうしよう。」
スコットランドにあるウイスキーを瓶づめする工場で、ひとりの職人が声を上げました。

長く熟成させた高価なスコッチウイスキーに、アルコール度数を調整するために水を入れるつもりが、誤って別の工場のスタンダードな12年もののウイスキーを混ぜてしまったのです。
「やばい!これは大変だ……」
仲間たちは顔を見合わせ、職人は肩を落としました。
せっかく長い年月をかけて熟成させたウイスキーを、取り返しのつかない失敗で台無しにしてしまった――そう思ったのです。
けれど、その偶然の液体を恐る恐る口にした瞬間、驚きの表情に変わります。
「……これは、失敗じゃない。奇跡かもしれない。」
物語の背景
今回紹介するのは、スコッチウイスキー「セレンディピティ」。
セレンディピティとは“幸運な偶然”を意味する言葉で、まさに偶然の出来事から生まれた一本です。
誕生の背景はこうです。
グレンモーレンジ社という会社。
この会社は、スコッチウイスキーのグレンモーレンジ、アードベッグ、グレンマレイの三つのブランドのウイスキーを持っていました。
そして、その会社のウイスキーを瓶づめする工場でトラブルが起こりました。
長く熟成させたアードベッグ(17年もののようです)に、アルコール度数を調整するために加水しようとしていました。
アードベッグの入ったタンクに水を入れようとバルブをひねったら、それは水の入ったタンクのバルブではなく、グレンマレイの入っているタンクのバルブ。
アードベッグとグレンマレイが混ざってしまったのです。
アードベッグは人気のウイスキーで長く熟成させたものだから、高い値段がつくものです。
混ぜたグレンマレイの方は、12年ものでスタンダード・クラスのもの。
強烈な煙の香りのするアードベッグと、甘く華やかなグレンマレイの12年――対照的なウイスキー。
まるで異なる個性を持つウイスキーが、偶然の操作ミスで混ざり合いました。
報告を受けた責任者、ビル・ラムズデンさんは、頭の中が真っ白になったそうです。
しかし、ダメもとで試飲すると、思いがけない調和と深みのある味わいに驚きました。
「これは、新しい発見だ。」
嘘みたい
この幸運な偶然で生まれたウイスキーを「セレンディピティ」と名付けて発売することになりました。
嘘のような本当の話。
ということで、発売日は4月1日。
エイプリルフールの日にしたそうです。
遊び
ラベルには「12年熟成」の表示。
アードベッグは17年熟成したものだから、17年と書いても良さそうですが。
ウイスキーには熟成年数を表記する際のルールがあります。
混ざっているウイスキーのうちもっとも若い年数を記載しなければならない。
そのため、アードベッグの17年が入っていながら、このウイスキーのラベルには「12年」と書かれることになりました。
そしてラベルには、ひとつの遊び心が込められています。
角が少しめくれていて、下からアードベッグのラベルがチラリと見えるデザイン。
まるで「本当はアードベッグなんですよ」と語りかけるような、洒落の効いた仕掛けでした。

出会えたら
このウイスキーの発売は一度きり。
2005年の発売でした。
もし、あなたがこのウイスキーに出会えたら、
それは幸運の偶然。
セレンディピティを楽しんでください。