ウイスキーの歴史が教えてくれること – 今、業界で起きている大きな転換期
こんにちは、BAR ALBAです。
今日は、ウイスキー業界で今まさに起きている大きな出来事について、お話ししたいと思います。バーでお客様にお出しするウイスキー、一杯一杯に、実は深い歴史とドラマが隠れているんです。
アイルランドの「ロー&コー」というウイスキー
最近、アイルランドのウイスキー「ロー&コー(Roe & Co)」について調べていました。
このウイスキー、実はとても興味深い歴史を持っています。
19世紀の栄光
19世紀、ロー&コーの前身となるトーマス・ストリート蒸留所は、アイルランド最大のウイスキー蒸留所でした。1757年にピーター・ローという人が小さな蒸留所を買ったのが始まりです。
その後、この蒸留所はどんどん大きくなり、最盛期には:
- 敷地面積:約7ヘクタール(東京ドーム1.5個分)
- 年間生産量:約757万リットル
- イギリスとアイルランドで最大規模
まさにウイスキー界の巨人だったんです。
現代の復活と突然の終わり
2019年、ディアジオ社がこの伝説的な名前を復活させ、新しいロー&コー蒸留所をダブリンに設立しました。ただし、規模は昔とは全く違います:
- 年間生産能力:約50万リットル(歴史的な蒸留所の15分の1)
- 小規模でクラフト的なアプローチ
- バーテンダーのために作られたプレミアムウイスキー
ところが、この新しい蒸留所は2025年6月に生産を停止してしまいました。開業からわずか6年後のことです。
なぜ生産停止に?業界全体の危機
実は、ロー&コーだけではありません。2025年、アイルランドのウイスキー蒸留所の約90%が生産を縮小または停止しています。
閉鎖・休止した主な蒸留所
- ウォーターフォード蒸留所 – 完全閉鎖
- ミドルトン蒸留所(ジェムソンを作っている) – 一時停止
- ロー&コー蒸留所 – 生産停止
- ダブリン・リバティーズ蒸留所 – 休止
- パワースコート蒸留所 – 縮小
ジェムソンのような超有名ブランドを作っている蒸留所まで止まるなんて、本当に深刻な状況です。
3つの原因
なぜこんなことが起きているのでしょうか?
1. 供給過剰(作りすぎ)
- 2010年:アイルランドの蒸留所はたった4つ
- 2024年:約50の蒸留所に急増
- わずか14年で12倍以上!市場が追いつきません
2. 需要の減少(売れない)
- コロナ後のブームが終わった
- 生活費が上がって、高いお酒が売れなくなった
- 若い人のお酒離れ
3. トランプ関税の影響
- アメリカ市場(最大の輸出先)への15%関税
- 貿易戦争による不安定さ
世界中で同じことが起きている
実は、この問題はアイルランドだけではありません。
アメリカ(バーボン)
ジム・ビーム
- 230年の歴史を持つ超有名ブランド
- 2026年1月〜12月、メイン蒸留所を丸1年間停止
- 歴史上初めてのこと!
- アメリカ全体で、ウイスキー生産量が前年比28%減少
スコットランド(スコッチ)
世界的な減少
- 2025年上半期:世界のスコッチ販売が3%減少
- これが3年連続!
- 数十年の成長の後、初めての長期下落
閉鎖・停止の例
- グレングラッサ蒸留所:2025年末まで停止
- スペイサイド蒸留所:2025年5月に完全閉鎖
- ディアジオ社:複数の蒸留所で生産調整
歴史は繰り返す?「ウイスキー・ロッホ」とは
実は、こういう危機は初めてではありません。
「ロッホ」って何?
“Loch”(ロッホ)は、スコットランドの言葉で「湖」という意味です。つまり「ウイスキー・ロッホ」は「ウイスキーの湖」。
売れないウイスキーが湖のように溢れかえっている状態を、皮肉を込めて表現した言葉なんです。
1980年代の大危機
1980年代初頭、スコットランドで何が起きたか
1970年代、ウイスキーは世界的なブームでした。蒸留所はどんどん生産を増やしました。「需要は永遠に伸び続ける」と思っていたんです。
ところが、1980年代に入ると:
- 世界的な不況
- 若者がウイスキーよりウォッカやラムを飲むように
- 「ウイスキーは古臭い」というイメージ
- 健康志向でお酒全体の消費が減少
結果、倉庫には売れないウイスキーが山積み。それが「湖」のように溢れたわけです。
被害の大きさ
- 数十の蒸留所が閉鎖
- 最大手のDCL社だけで21の蒸留所を閉鎖
- かつて30以上あったキャンベルタウンの蒸留所が、わずか3つに
この中には、今は伝説となったポート・エレンやブローラも含まれています。
さらに昔の大事件:1898年「パティソン・クラッシュ」
実は、1980年代よりもっと前に、もっと深刻な危機がありました。
1898年12月、パティソン社の倒産
パティソン兄弟が経営するウイスキー会社が、不正な経営で破綻しました。これが引き金となって:
- 10社以上が連鎖倒産
- 1900年代初頭、スコットランドのほぼ全ての蒸留所が一度閉鎖
- この危機は「業界の成長を約50年間停止させた」と言われています
1898年に開業したばかりのグレン・エルギン蒸留所は、わずか6ヶ月で閉鎖。その後60年間、スペイサイドで新しい蒸留所は作られませんでした。
危機の歴史を振り返る
ウイスキー業界は、約40〜50年ごとに大きな危機を経験しています:
| 時期 | 出来事 | 原因 | 回復までの期間 |
|---|---|---|---|
| 1898年 | パティソン・クラッシュ | 投機バブル崩壊 | 約50年 |
| 1920〜33年 | 禁酒法時代(アメリカ) | アルコール禁止 | 13年 |
| 1920〜40年代 | 大恐慌・戦争 | 世界恐慌、第二次世界大戦 | 約20年 |
| 1980年代 | ウイスキー・ロッホ | 供給過剰、需要減 | 約10年 |
| 2025年〜 | ウイスキー・ロッホ2.0? | 供給過剰、関税、需要減 | 不明 |
最後に
2026年1月の今、私たちはウイスキー業界の大きな転換点に立ち会っています。
これは決して悲しいだけの話ではありません。100年以上前のパティソン・クラッシュも、40年前のウイスキー・ロッホも、業界は乗り越えてきました。
むしろ、こういう時期だからこそ、一杯一杯のウイスキーが持つ物語の重みを感じられます。
1980年代に閉鎖されたポート・エレンやブローラのボトルは、今では数十万円から数百万円で取引されています。
2025年に閉鎖された蒸留所のウイスキーも、将来同じような価値を持つかもしれませんね?
BAR ALBA 田中 健一
参考文献:The Spirits Business, Whisky Advocate, Bloomberg, The Guardian, Edinburgh Whisky Academy, その他多数のウイスキー専門メディア
