「ふうー、寒い。」
ドアを開けた瞬間、彼女が吐いた息が、白くほどけた。
外の冷たい風とは違う、やわらかな暖気がバーの中から流れ出てくる。
木のカウンター、間接照明、静かな音楽。
冬の夜を受け止めるような、落ち着いた空気だ。

「やっと、あったかいね。」
二人はコートを預け、カウンター席に並んで腰を下ろした。
「じゃあ、今日はグロッグにしようか。」
彼がそう言って、メニューを見る前にカウンターを見渡す。
「グロッグ?」
聞き慣れない名前に、彼女が首をかしげる。
「北欧で昔から飲まれている、ラムのホットカクテルだよ。
ラムにお湯と砂糖、シナモンや丁子を入れて、体の芯から温まるやつ。」
「それ、今の気分にぴったり。」
彼女が笑う。
「じゃあ決まりだね。」
二人は同時にバーテンダーへ視線を向けた。
「グロッグを、二つお願いします。」
バーテンダーは静かにうなずき、グラスを二脚並べる。
まずは、琥珀色のラムを注ぐ。
そこへ、砂糖を一杯。
湯気の立つお湯をゆっくりと注ぎ入れる。
シナモンスティックで、くるくると円を描くように混ぜる。
最後に、丁子(クローブ)を刺したレモンスライスを、そっとグラスへ落とした。
ふわりと立ち上る、甘くてスパイシーな香り。
「どうぞ。」

二人はグラスを手に取り、軽く目を合わせる。
「乾杯。」
一口含んだ彼女が、目を細める。
「ラムと、シナモン、丁子のスパイスのいい香り……。」
続いて彼が頷く。
「美味しい。あったまるね。」
指先から、胸の奥へ。
ゆっくりと、寒さが溶けていく。
二人は自然と笑顔になり、もう一度、視線が重なった。
冬のバーには、こんな夜にこそ似合うカクテルがある。
それが、グロッグだ。
