試行錯誤の果てに『見つけた』答え──アードベッグ・ユリーカ

アードベッグ・ユリーカを注いだグラスを手に持つ様子。背景にはボトルとトレイがぼんやりと映る。大阪・天満のBAR ALBAにて撮影。

アードベッグ・ユリーカの誕生秘話

「終わりだ、アードベッグはもう戻らない。」

誰もが知っていた。ウイスキーの市場が冷え込んでいたことを。かつて世界中で愛されたスコッチウイスキーは、1980年代に入ると需要が落ち込み、蒸溜所の閉鎖が相次いでいた。健康志向の高まりと、若者の嗜好の変化。バーボンやワインの台頭。ブレンデッドウイスキーの低迷。ウイスキーの冬の時代が訪れていた。

そして、アードベッグもその波に飲み込まれた。

アイラ島の海風が蒸溜所の扉を揺らす。かつてこの場所では、力強いピートの香りが立ち込め、銅色の蒸溜器が唸りを上げていた。しかし、今やすべては静まり返り、潮風だけが虚しく吹き抜けるばかりだった。

1996年、アードベッグ蒸溜所は閉鎖された。
 

スコットランド・アイラ島にあるアードベッグ蒸溜所の外観。白い建物と特徴的な屋根、並べられたウイスキー樽が印象的な風景。BAR ALBAのブログで紹介するアードベッグの魅力。

世界中のウイスキー愛好家が悲しみに沈んだ。アイラ島に住む人々も、何世代にもわたって続いてきた誇りの一端を失ったような気持ちになった。

「もうアードベッグのウイスキーは飲めないのか……」

そんな声が、どこからともなく漏れ聞こえた。

「アードベッグは蘇る」

その言葉がアイラ島に響いたのは、それからわずか一年後のことだった。

1997年、グレンモーレンジィ社がアードベッグを買収。

長い間放置されていた蒸溜所の設備を整え、職人たちを呼び戻し、再びアードベッグのウイスキーを世に送り出すための準備を始めた。

だが、ひとつの疑問が残っていた。

「蒸溜所は動き出す。だが、それだけで本当に未来は守れるのか?」

かつての閉鎖は、単なる経済の問題だけではなかった。アードベッグが十分に愛され、支えられていたなら、もしかするとあの運命は変わっていたかもしれない。

「もし、アードベッグを愛する人々が集まり、共に蒸溜所を支える仕組みがあったなら?」

そんな考えが、生まれ始めた。

「二度と、閉ざさせない。」

2000年2月、アードベッグ蒸溜所は新たな一歩を踏み出した。

名付けて──アードベッグ・コミッティー。

これはただのファンクラブではない。アードベッグの未来を共に守り、育てていく「委員会」だった。

「コミッティーのメンバーになれば、アードベッグの特別なウイスキーが飲める」
「限定ボトルの情報もいち早く届く」
「世界中のアードベッグファンとつながることができる」

だが、その本質はもっと深いものだった。

「蒸溜所の扉を二度と閉ざさない」

これは、かつての閉鎖の悲劇を二度と繰り返さないという強い意志の表れだった。

「特別なミッションだ。」
 

木のテーブルに並ぶ5つのショットグラス。琥珀色のウイスキーが静かに揺れ、アイラ島の特別な一日を思わせる。アードベッグ・デーの雰囲気を感じさせる1枚。

テーブルに並ぶ5つのグラス。琥珀色の液体が静かに揺れる。

「世界中から100人のコミッティーメンバーを招待したのは、ただのイベントのためじゃない。」

ビル・ラムズデン博士が静かに言う。その声には、ただならぬ熱がこもっていた。
 

アードベッグとグレンモーレンジィのディレクター、ビル・ラムズデン博士。ウイスキーの革新を牽引する人物であり、アードベッグ・デーなどの特別なイベントにも関わる。
※ビル・ラムズデン博士

2023年、5月。スコットランド・アイラ島。毎年この時期、島は世界中から訪れるウイスキー愛好家で賑わう。「アイラ・ウイスキー・フェスティバル」と呼ばれる一週間の祭典。島にある8つの蒸溜所が、それぞれの特別なウイスキーを振る舞い、限定ボトルを販売する。そして、その最終日は──「アードベッグ・デー」。
 

アイラ・ウイスキー・フェスティバルのアードベッグ・デーの様子。蒸溜所の前に多くのウイスキーファンが集まり、イベントを楽しむ。樽が並ぶ風景と白い建物が印象的な光景。

この日はアードベッグのファンにとって、一年で最も特別な日だ。世界中から人々が集まり、蒸溜所はまるで祭りのような雰囲気に包まれる。だが、この年のアードベッグ・デーには、ある秘密の計画が用意されていた。

「Operation Smokescreen(煙幕作戦)」

「みんなには、これから5種類のウイスキーをテイスティングしてもらう。」

100人のファンが、じっとグラスを見つめる。どれも異なる香りを持ち、それぞれがアードベッグの個性を秘めていた。
 

アードベッグ蒸溜所の前に集まった白衣を着た100人のウイスキーファン。これから5種類のウイスキーをテイスティングする瞬間を待ちわびる。アードベッグ・デーの特別なひととき。
※アードベッグ蒸溜所の前に集まった白衣を着た100人のウイスキーファン。

「このスモーキーさ……力強いな。」

「こっちは甘さが際立つ。でも、アードベッグらしいかっていうと……」

「もっとバランスが取れたものが欲しいかも?」

意見が飛び交う。100人のメンバーが感じたことを、次々と口にしていく。その言葉を、ビルと蒸溜所のチームが、一つひとつ真剣に聞き取っていた。

彼らはまだ知らない。今まさに、自分たちが歴史を作る瞬間に立ち会っていることを。

「ユリーカ!」

蒸溜所の研究室。試験管やグラスが並び、ウイスキーの香りが漂う。ビルは、100人のメンバーから集めた意見をもとに、何度も試行錯誤を繰り返していた。

甘み、スモーキーさ、バランス、奥行き──すべてが完璧に調和する一杯を探して。

数ヶ月後、ついにその瞬間が訪れた。

ビルがグラスを手に取り、ゆっくりと口に含む。

そして、静かに目を閉じた。

「ユリーカ!(見つけた!)」

25年の歴史が生んだ奇跡の一杯

2025年、アードベッグ・コミッティーは結成25周年を迎えた。今では世界140か国以上、20万人を超える会員を持つ、ウイスキー界屈指のファンクラブとなっている。

そして、その記念すべき年に、ある限定ボトルが発表された。
 

BAR ALBAの店内で撮影されたアードベッグ・ユリーカのボトル。レンガ壁とアンティーク時計を背景に佇む姿が印象的。

「アードベッグ・ユリーカ!」

そう、2023年の「Operation Smokescreen」。あのとき100人のメンバーがテイスティングした5つのウイスキーは、このボトルを生み出すための原点だったのだ。

「これは、25年間アードベッグを愛し、支えてくれたファンへの感謝を込めた一杯だ。」

かつて閉ざされた蒸溜所の扉は、もう二度と閉じることはない。

そして今、その証となる一杯が、世界中のコミッティーメンバーの手に渡った。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
📌 ユリーカEureka)」とは?
古代ギリシャ語の “εὕρηκα”(heurēka) に由来し、「見つけた!」「わかった!」という意味の感嘆詞です。
特に、何かを発見したり、問題の解決策を見つけたりしたときに使われます。最も有名な使用例は、古代ギリシャの数学者 アルキメデス が、お風呂に入った際に浮力の原理を発見し、「ユリーカ!」と叫びながら裸で街を走ったという逸話です。
現在でも、科学や発明の分野で大きな発見をした際に「Eureka!」と叫ぶことがありますし、ブランド名や地名(例:カリフォルニア州のユリーカ市)にも使われています。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

アードベッグ・ユリーカの特徴と製法

「アードベッグ・ユリーカ!」は、いくつかの異なる種類のウイスキーを混ぜ合わせることで、深みのある味わいを生み出しています。主に、アメリカのバーボンを熟成させた樽で寝かせた原酒と、スペインの甘いデザートワイン「ペドロ・ヒメネス(PX)」の樽で熟成させた原酒を組み合わせています。この2つを組み合わせることで、スモーキーさと甘さがバランスよく調和し、豊かな味わいが生まれています。
 

木のテーブルの上に置かれたワイングラスとペドロ・ヒメネス(PX)シェリーのボトル。深みのある琥珀色の液体がグラスに注がれ、PX特有の濃厚な甘さを感じさせる雰囲気が広がる。

また、ユリーカの特別なポイントのひとつが、「ローストモルト」と呼ばれる特別な麦芽を使っていることです。通常、ウイスキーに使う麦芽は低温で乾燥させますが、ローストモルトは高温で焙煎(ばいせん)されるため、香ばしく深みのある味わいが加わります。この製法は、アードベッグのウイスキーでは2022年の「アードコア」という限定ボトル以来の試みであり、ユリーカにもその独特なコクと甘みが感じられます。
 

木のテーブルの上に並べられた2種類の大麦。左側はウイスキー作りに使われる黄金色の通常の大麦、右側は焙煎されて茶色くなったローストモルト。それぞれの質感と加工の違いがはっきりと分かる一枚。
※左側はウイスキー作りに使われる黄金色の通常の大麦、右側は焙煎されて茶色くなったローストモルト。

アルコール度数は52.2%と高めで、しっかりとした飲みごたえがあります。また、「ノンチルフィルタード」という方法で瓶詰めされているため、ウイスキー本来の風味やオイル分がしっかりと残り、より力強い味わいを楽しめます。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
📌 「ノンチルフィルタード」とは?
通常、ウイスキーは瓶詰め前に**冷却ろ過(チルフィルタード)**を行います。これは、低温になるとウイスキーの中に含まれる脂肪酸やタンパク質、オイル成分が白く濁ることがあり、それを取り除くための工程です。
しかし、「ノンチルフィルタード(非冷却ろ過)」ではこの工程を省くため、ウイスキー本来の香りやコクの成分がそのまま残り、より濃厚で力強い味わいを楽しむことができます。━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

香りや味わいについては、海風を思わせる香りや、スモーキーな香りが広がります。さらに、シナモンやダークチョコレートに包まれたレーズンのような甘みも感じられ、最後には炭火の余韻のような複雑で長い後味が残ります。
 

ウイスキーの香りと味わいを視覚化した幻想的なイラスト。海風を思わせる波と霧、スモーキーな煙が立ち昇り、シナモン、ダークチョコレート、レーズンの甘さが漂う。背景には炭火のような輝きが広がり、ウイスキーの奥深い余韻を表現している。

「ユリーカ!」は、アードベッグらしいスモーキーさとPXシェリー樽由来の濃厚な甘さが幾重にも重なり、奥行きのある味わいを楽しめる特別なウイスキーとなっています。

アードベッグ・ユリーカのラベルに込められた想い
 

アードベッグ・ユリーカのボトルラベルをクローズアップで撮影。25周年記念ロゴとイラストが印象的な限定デザイン。

ファンと造り手が一体となって生み出したユリーカ!

ラベルデザインには、ブランドの思いがしっかりと込められています。スモーキーな特徴とシェリー樽由来の甘美な風味を象徴する、印象的なイラストが描かれ、そこにはアードベッグ蒸溜所がファンと共に歩んできた25年の歴史が刻まれています。コミッティー25周年を記念した特別ロゴもあしらわれ、この限定ボトルが持つ特別な意味を強調しています。ブランドは、「ユリーカ!」を通じて、**「熱狂的なファンへの感謝」と「これからも挑戦を続けていく」**というメッセージを力強く発信しているのです。

他のアードベッグとの違い
 

アードベッグ・ユリーカのボトルがBAR ALBAの棚に並ぶ他のアードベッグと共にディスプレイされている様子(大阪・天満)

「ユリーカ!」は他のアードベッグと比べて、いくつかの点で異彩を放っています。その主な違いを以下にまとめます。

✅ ファン参加型の開発

ユリーカは、熱心なファンとの共同実験 「Operation Smokescreen」 を経て生まれた異例のウイスキーです。通常のアードベッグ製品は蒸溜所内のチームによって開発されるため、消費者参加型で生み出されたユリーカのような経緯は極めてユニークです。

✅ 原料(麦芽)の違い

ユリーカでは、通常のアードベッグには使われない**「ローストモルト」** を一部使用しています。これにより、焙煎したような香ばしさやコクが加わり、深みのある味わいに仕上がっています。この製法が用いられたのは、2022年限定「Ardcore(アードコア)」以来の試みです。

✅ 熟成樽構成の違い

ユリーカは、バーボン樽原酒とPXシェリー樽原酒のブレンド による複雑な熟成香が特徴です。

• 定番のアードベッグ10年 → バーボン樽のみで熟成(シェリー樽の甘みなし)。

• 一部の限定品(ウーガダールなど) → オロロソ・シェリー樽原酒をブレンド(PX樽とは異なる甘み)。

• ユリーカ! → PXシェリー樽特有の濃厚な甘さと、潮風・ピートのスモーキーさが融合。

このように、ユリーカは他のアードベッグにはない独自のバランスを持つウイスキーに仕上がっています。

✅ アルコール度数と強さ

ユリーカは52.2% という高めのアルコール度数でボトリングされています。

• アードベッグ10年(46%)やアン・オー(46.6%) よりも力強い飲み応え。

• しかし、ウーガダール(54.2%)やコリーヴレッカン(57.1%) ほどの度数ではなく、ちょうど中間的なカスクストレングス。

この絶妙な度数設定により、香味のバランスと飲みごたえの両立が実現されています。


「ユリーカ!」は、アードベッグらしいスモーキーさにPXシェリー樽由来の濃厚な甘みが重なり、奥行きのある味わいを楽しめる特別なウイスキーです。

アードベッグ・ユリーカ ¥2700
  

アードベッグ・ユリーカのグラスとボトルが銀色のトレイに置かれている様子。大阪・天満のBAR ALBAにて撮影。

関連記事

arrow_upward